【小説】『三国志』(11)宮城谷昌光

基本情報

作者  宮城谷昌光

出版  2014年

出版社 文藝春秋

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目次

  • 悶死
  • 曹爽
  • 非常
  • 霹靂
  • 王陵
  • 老衰
  • 交代
  • 晩光
  • 太傅
  • 敗残
  • 大政
  • 掃除
  • 孫晧と呉の滅亡(中)

ざっくり内容

孫権は老いていくにしたがって失政が目立つ。後継者を亡くした悲しみからか、三男の嫡子と四男の庶子の間に区別をつけなかったがため家臣の間に派閥争いが起こる。嫌気がさした孫権は嫡子と四男をそれぞれ廃し、末子を皇太子とする。またそれぞれの歯に着いた家臣を次々と問責し、丞相の陸遜にまで罪を賜る。魏では司馬懿のクーデターが成功し、曹一族は没落、司馬一族の時代となる。

印象的な場面

老いは、精神から粘性と公平感を奪う。」(p20)

「病牀にいるときにきかされる話には浸潤力がある。」(p27)

「体調がすぐれなければ、寛容力が衰え、正しい判断ができなくなる」(p37)

「政治は大胆さと細心さをあわせもった者が、時にめぐまれると、善政を実現することができる。凡庸な為政者でも、努力をおこたらなければ、過誤をおかさないですむ。ところが曹爽は努力家ではない。上下への目くばりも粗雑で、時態を視る目が昧い。『臨機応変』これが必要なのは戦場だけではない。為政の場でも必要なのである。たしかに政治には理想があってもよいが、それが強すぎると失敗する。後漢王朝のまえの新王朝を樹てた王莽は徹底的に儒教国家をつくろうとして失敗した。儒教を毛ぎらいし、ほとんど学問をしなかった劉邦が樹てた漢王朝が、あれほど長くつづいたことを想うとどうやら政治とは思想の産物ではなく、感覚の所産である。」(p49~50)

「諸葛亮と蒋琬が非凡な執政であったがゆえに、劉禅は皇帝としてよけいな口だしをしなかったのであれば、むしろ劉禅の賢明さをたたえるべきであろう。しかし、そうであれば、劉禅の美質をかいまみさせてくれる逸話があってよさそうなのに、そういうものは皆無である」(p162)

「諸葛恪には才覚がある。その才覚は正しい予見と判断をもった者が上にいる場合に活かされる。が、諸葛恪より上に人がいない場合、どうなのであろう。いまの態度でもあきらかなように、諸葛恪は下の者の意見に耳をかたむけない。おのれが立てた計画のなかにとじこもってしまい、途中でひきかえせないほどの勢いで驀進してしまう。」(p240)

「人はいつ僥倖に遭うかわからず、天祐はいつくだるかわからない。そのときになってはじめては、まにあわないことがあり、それこそ人生の要所であり、分岐点になりうる。人の価値は、何も起こらない時間、平凡な時間を、どのようにすごすかによって決まる」(p324)

感想

正史において孔明と並んで特別扱いされている陸遜について、本シリーズではそこまで深く触れられていない。これは意外だった。

孫家は、孫堅・孫策が早死にし、孫権は長生きした。そして長生きした孫権は晩年愚かなことをおこない、諫言をきかず、国力を衰退させてしまう。若くして死ぬともっと長生きしていればと単純に思うが、歴史を眺めると一概にそうはいえない。ただし、突然変異してそうなるというよりは、もともとあったものがでてくる、おさえていたものがおさえきれなくなるといった感じなのかもしれない。

毌丘倹も王陵も司馬懿も結構な年齢になって謀反やクーデターを起こしている。もちろん理由は様々だが、年齢を重ねれば保守的になるのが通常ななか、すごいバイタリティである。