『三国志VS三国演義 群雄サバイバルの虚実』三上修平編

基本情報

編著  三上修平

発行年 1994年

出版社 光栄

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目次

序章  張角

第一章 董卓

第二章 呂布

第三章 袁紹・袁術

第四章 劉焉・公孫瓚・陶謙・劉表

第五章 孫堅・孫策

第六章 曹操

第七章 劉備

ざっくり内容

正史である「三国志」と物語である「三国志演義」にて出てくる登場人物の描き方が異なる。大半の人は物語から入っているから、物語での描き方と正史での描かれ方の比較を通じて新しい三国志の魅力を発見しよう!

感想

三国志に関する小説や漫画やアニメ、ゲームや動画などでは当たり前だが人物について語ることが多い。で、その際必ず、「正史では‥」といいだす人間が出てくる。演義が事実7割創作3割と言われているし、架空の人物も一部いるが、登場人物は実際の歴史上の人物なので史書に記載されている人物像をもとに語りたくなるのも無理からぬ話。この光栄(今のコーエーテクモゲームス)が出している三国志ゲームでも人物の列伝に演義枠と正史枠がある。

この本では、正史と演義での人物の描かれ方の違いを群雄の代表13名について記している。大体の流れが「演義ではこう書いているが‥正史ではこうなっているよ」「本当にこれが理由だったのか」という感じで非常にわかりやすく書かれている。以下、印象に残った個所。

董卓は民衆や官吏の中から、①親不孝な子②不忠な臣③清廉でない官吏④従順でない弟をピックアップして死刑に財産を没収した。これは密告を奨励し無実の人間が千人以上殺された。通貨も廃止して新通貨を作ったが超インフレを招き、30数年間貨幣が流通しなくなった。

劉焉が州牧の設置を献言した。後漢の制度では「州」→「郡」→「県」の三段階で全国を分けたが、郡太守や県令は行政官だったが、州刺史は州を治める権限はなく監察官にすぎなかった。劉焉はもともと交趾(ベトナム)の牧になろうと考えた。

陶謙は孫策が大嫌い。

曹操は、202年橋玄の墓参りで次のような祭文をささげた「若年のころ、素直でない私を先生は徳に許されて弟子としてくださいました。その後に私の得た栄誉は、すべて先生の励ましのおかげです。‥私は先生のことを片時も忘れたことはありません」