【憲法】憲法9条の解釈や語句の意味について

政府見解はこちら。

9条1項

本文

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する

Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.

「国権の発動たる戦争」とは

国際法上、国の主権に基づいて当然に行うことができるとされている武力による国家間の戦争をいい、単に「戦争」というのと同じ意味。形式的意味の戦争。

「武力の行使」とは

宣戦布告をしないで行われる国家間の事実上の武力衝突をさす。実質的意味の戦争。「満州事変」や「日中戦争」などが具体例。

「武力による威嚇」とは

武力を背景にして自国の主張を相手に強要することをいう。ドイツ・フランス・ロシアによる日本への「三国干渉」や日本が中国に対して行った「21カ条の要求」がこれにあたる。

「国際紛争を解決する手段としては」とは

9条1項は、国際法上の戦争も事実上の戦争も戦争を誘う原因となる武力による威嚇も禁止しているが、「国際紛争を解決する手段としては」との留保をつけている。そこで、この文言をどう解釈するかで、9条1項の意味合いが変わってくる。

限定放棄説

国際法上の通常の例(不戦条約1条「締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言スル」)からすると、「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは「国家の政策の手段としての戦争」と同じ意味になるから、これは「侵略戦争」を意味する。したがって、9条1項で放棄しているのは、侵略戦争であって、自衛戦争までは放棄していないとする説

全面放棄説

戦争はすべて国際紛争を解決する手段としてなされるのであり、自衛戦争と侵略戦争を峻別することは困難である(自衛の名の下に他国に侵略した歴史からも)。1項はこうした事実を前提に「国際紛争を解決する手段としては」と規定するのだから、自衛戦争を除外しているとはいえない。したがって、9条1項は2項にかかわらず、自衛戦争も含めてすべての戦争を放棄しているとする説。

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9条2項

本文

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

「前項の目的を達するため」とは

戦争を放棄するに至った動機を一般的に指す説。


そして2項では一切の戦力の保持が禁止され、交戦権も否認していると解し、自衛のための戦争もできないからすべての戦争が禁止されていることになる。

侵略戦争放棄という目的を達するためという説。

この場合、2項は侵略戦争のための戦力は保持しないことをいっており、交戦権の否認は、交戦国がもつ諸権利は認めないことを意味するという解釈。

自衛戦争合憲説への批判

以上に述べてきた中で自衛戦争は合憲であるとする説には次の強烈な批判がある。

  1. 憲法に66条2項以外の戦争や軍隊を予定した規定が全くないこと
  2. 憲法前文は、国連による安全保障方式を想定していたと解されること
  3. 前文の平和主義の精神に適合しないこと
  4. 自衛のための戦力と侵略のための戦力との区別は実際には不可能であり、そうすると戦力一般を認めることになるから2項の規定が無意味になること
  5. 自衛戦争を放棄してないのなら交戦権を放棄したことを説明できないこと

自衛権について

(個別的)自衛権

外国からの急迫または現実の違法な侵害に対して、自国を防衛するために必要な一定の実力を行使する権利。自衛権の行使が正当化されるには①防衛行為以外に手段がなくそのような防衛行為をとることがやむを得ず(必要性)②外国から加えられた侵害が急迫不正であり(違法性)③自衛権の発動としてとられた措置が加えられた侵害を排除するのに必要な限度で行使され、侵害行為と釣り合っている(均衡性)ことが必要である。

というのが、従来の通説だったが、「平和安全法制」により、新三要件と呼ばれるものに変更された。

①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

これは国家固有の権利であり、日本国憲法においても自衛権までは放棄していない。
※自衛権を放棄しているという説もある。

集団的自衛権

集団的自衛権は国連憲章51条で新しく認められたもので、他国に対する武力攻撃を、自国の実体的権利が侵されなくても、平和と安全い関する一般的利益に基づいて援助するために防衛行動をとる権利をいう。日本国憲法下では認められない。政府は権利はあるが行使は憲法上許されないとしている。

「戦力」とは

憲法9条の解釈において最も争いがあるところであり、以下の説がある。

転用可能な潜在能力説

戦力とは、戦争に役立つ可能性を持った一切の潜在能力を含むと解する説。これは軍需生産・航空機など戦争に役立つ可能性があるものはすべて含むとなり広すぎるという批判がある。

警察力を超える実力説

戦力とは軍隊および有事の際にそれに転化しうる程度の実力部隊をいうとする説。通説。軍隊とは、外敵の攻撃に対して実力をもってこれに対抗し、国土を防衛することを目的として設けられた人的・物的手段の組織体を言う。

軍隊と警察の違いは、目的と実体とで区別する。①軍隊の目的は外国に対して国土の防衛をする事であり、警察の目的は国内の治安の維持と確保である②実力内容が目的にふさわしいものであること。人員や訓練、装備や予算等の諸点からの総合判断で国土防衛にふさわしい実力を持ったものを軍隊ということになる。政府は当初はこの説をとっていた。

近代戦争遂行能力説

政府が保安隊・警備隊が発足した当時に示された政府の見解で、戦力とは「近代戦争遂行に役立つ程度の装備、編成を備えるもの」であり保安隊等の「装備編成は決して近代戦を有効に遂行し得る程度のものではないから」戦力ではないとした。

自衛に必要な最小限度を超える実力説

政府見解。憲法は自衛権を否定していないから、自衛のための必要最小限度の実力の保持は禁止されていない。したがって、自衛に必要な最小限度の実力を超えるものが「戦力」であるとする。具体的には、他国に侵略的な脅威を与えるような攻撃的な武器(大陸間弾道ミサイル・長距離戦略爆撃機・攻撃型空母など)は保持できないと政府は説明している。

交戦権の否認

これも2つの説がある。

交戦状態に入った場合に交戦国に国際法上認められる権利

戦いをする権利