『三国志』1 宮城谷昌光

基本情報

作者  宮城谷昌光

出版  2008年

出版社 文藝春秋

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目次

  • 四知
  • 諸賢
  • 没落
  • 謳歌
  • 天意
  • 廃替
  • 栄枯
  • 謀計
  • 光明
  • 寵栄
  • 八俊
  • 順帝

ざっくり内容

光武帝から始まる後漢の時代の4代目の和帝時代の楊震。彼の四知、すなわち、天知る・地知る・自分が知る・相手が知る、から本書は始まる。そして後漢10代皇帝の質帝の時代までの宦官と外戚との関係及び大臣たちの行動が描かれている。一般的な三国志ででてくる人間でいえば、曹騰の養子であり曹操の父である曹嵩がちらっとでてくるくらい。

印象的な場面

「祀り、ちかきを豊かにすること無かれ、と尚書にあるではないか。近きを豊かにしてはならぬのは、祭祀ばかりではない。政事もそうだ」(p56)

「戦争における損害を知らぬ者は、戦争における利益を知ることはできない。」(p58)

「白川静は涵蓄淵邃かんちくえんすいの人である」(p128)

―官僚とは怠敖たいごうなものだ。
自分のように順帝に全身全霊をささげて働いている者がどれほどいるというのか。かれらの豊富な知識が産む理屈は、腐った沼の底から浮き上がってくる泡のようなもので、王朝に悪臭をひろげるにすぎない。かれらがとなえる正義は、自身のいのちとひきかえにするほどのすごみをもたないから、王朝の中の騒音にすぎない
。(p285~6)

感想

作者自身があとがきで書いてあるように、どこからスタートするかで悩んだらしい。そしてまた「他人の小説の上にあらたな小説を載せる作業に終始する」ことを避けるために、三国志演義のことをいったん忘れ、後漢という時代を知ろうという所から本書は始まっている。曹操を知るために曹騰を知らなければ、曹騰を知るためには宦官を、ということで本書は、一般の三国志のスタートからはだいぶ早い時代からの記述になっている。大体は霊帝の時代からであるが、この人は後漢12代皇帝である。本書は4代皇帝あたりからの記述である。

というわけで、一般の三国志もので出てくる人間は全くいない。せいぜい曹操の父である曹嵩の名前である。もっとも、ごく一部の例外を除き生殖能力のない宦官が子を持つことはなかったが、曹嵩が曹騰の養子になった背景を知ることが曹操誕生につながるのだから、このあたりはなかなか興味深いところであった。皇帝の唯一の子でありながら、讒言で廃された王が義憤にかられた宦官たちによって皇帝になることができ、皇帝が宦官に感謝し養子をとることを許したから曹操が誕生したということである。

一番面白かったのは、各地で反乱が勃発し武力討伐では根本的に解決できないなかで、勇気と知恵と徳ある人間が太守となり、賊と対話をする中で治安回復がはかられた事例がいくつかあったことである。「北風と太陽」の話は現実に行う際にはかなりの困難が伴うが、政治の在り方として大変示唆的である。